賀状が出せなかった、お正月
212. 賀状が出せなかった。お正月。
思いがけなく、「年賀状」を出さないで、歳を超してしまいました。その理由。
○ 平成18年度に「帝京平成大学」の千葉県市原市の校舎で金曜日1,2,3,4時限の講議は、平成20年度から池袋校舎で、火曜日1時限と金曜日1,2,時限に行うことになりました。
○ また、私事で恐縮ですが、平成12(2000)年8月25日に発症した、心筋梗塞は、コロナリー・ステントのお陰で、安泰を保っています。
しかし、発病以来通っている、千葉県野田市の病院の主治医から勧められて、25-27の三日間入院した。
12月25日午前10時入院、右手首から点滴、午後3時左手首からカテーテルを挿入。冠動脈にステント3本装着、一時間半で終わる。 その後、心肺機能の調整のため、26日午前6時まで点滴、27日の午前8時の退院まで心電図モニター装着。27日一旦帰宅。
○ 27日午後1持から、帝京平成大学池袋校舎での現代ライフ学部、児童学科の合同「教員会議」に出席した。千葉と池袋の教員の総数は40名と聞いている。
池袋の会議は、毎月、月曜日の昼休みに行われていてその時間帯は、丁度自宅の「訪問入浴」の時間帯(13-15)と重なっているために出席できない。家には寝たきりの老人がいて、「介護サービス」をうけている。 ○ 20代の学生に講議を展開するのは、私にとって楽しい。
その理由は、一言でいえないが、私にも20代の始めの「混乱と不安と怯え」を今でも鮮烈に思い出すことができる。喧噪と混乱の闇の中にも目をこらすと一筋の光がみえるものである。それは、青春時代というものだ。 「最近の若者は○○××だから、けしからん」と嘆く老人もいる。この○○××のなかに真実がかくされている。講議の時に、少しは学生さんに分かる話をしたいと思う。しかし、1時間に5つ位終生覚えている「専門用語」を解説するのが限界だと悟っている。
作家の大江健三郎は、「自分たちが家庭を作るとなると、子どもたちを育てていく役割と、それを弾圧する役割をどうももつものらしい。それから、子どもたちは、父親や母親に反逆しなければ成長できない側面ももっている。そうゆう両義性があり、それは否定できない。一方、家族関係に上下関係があるということは、不健全で危険である。それに置き代えられるモデルとしては、親(父・母)と子が同じ方向の「ヴェクトル」を持つと良い、といっている。(快復する家族:講談社文庫1998)
これは、教育論に転用できる。つまり、学生の不可解(反抗、傲慢、不明)の行動を「何でもかんでも」意味あることとして受る懐の広い教師でありたいと思っている。これが、「未来を紡ぐ他者としての「子ども」という題の試論を紀要に書いた動機でもある。
その会議の後、池袋東口パルコ8階「えん」で食事会に出席,。 午後9時終了帰宅。
○ 1月1日2009.1/1、朝7時に中野、氷川神社で初詣。(氷川神社:おみくじ11番)
「おみくじ」:大吉:運勢 「災害は自然に去り、良いことが集まります。目上の人の助けによって喜びごとはふえます。行いを正しくすることです」
「言」もし、真の自由を求めようとするならば、心中の奴隷をとりのぞけることから、はじめなければならぬ。
「教え」云うは行うよりやすく、約束することはこれを守るよりやすし。
「天のみこえ」おのが身を修むる道は学ばなむしづがなりはひ暇なくとも。
○ 元日に約200通の年賀状を受け取った。一言でいうと、それは、千差万別
1. 思いがけなく数年前に亡くなっている方。その家族からの報告。
2. もう生前葬を行って、戒名までつけている方。
3. 自分や家族の表面的なことだけ書かれている方。
4. 恨み言、楽観論
○ 2日にタクシーの運転手から電話。 私が、秋の札幌ニ中の同期会に所用で欠席したので、SS君が、車椅子で訪問してくれた。彼は、昔、荻窪の五十嵐君の家にいて早稲田大学を受け合格した。器用にも当時、早稲田の大学の四角い制帽を手作りしてかぶっていたこと。また、中学生の時、自宅から雑巾を持ってくるのを忘れた私に、自分の雑巾を破って半分くれたことを今でも覚えている。
○ こうして、喧噪と混乱と平和のお正月がすぎていく。
1月5日日曜日午後
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